鼇頭長暦(九図之名義 解説)有料

鼇頭長暦(ごとうちょうれき)という本があります。
作者は小松松卓という人で、1688年に生類憐みの令が出された翌年に初版が出版されています。

この本は上・中・下の3巻からなり、いわゆる江戸時代の暦の解説書のひとつです。
この本の中の九星と深く関わりのある「九図之名義」という部分だけを抜き出して解説しています。

一体どの様な訳があるかわかりませんが、江戸時代にはこの様な暦の解説書が沢山出ています。
また、それだけ人気があったのでしょう。

今の九星が中国から日本に入って来たのが、1700年代後半です。
当時、中国で最新の占いだったものです。
でもそれより約100年も前に、九星と同じ様なものが、日本にあって庶民に出回っていたとしたら、興味がっ湧きませんか?
私は、それだけでググッと興味が出て惹かれました。
私が考えるに、時代からすると、江戸時代より前から日本にないと、この年代で庶民にこの様な本は出回らないでしょう。
そうすると、実際はもっと古いものなのか?と。
豊臣秀吉の陰陽道弾圧前のものではないか?とも考えられます。
もしかしたら、もっと前からあったものかも・・・・。
なんせ、大阪夏の陣が1615年ですから。

ですから、ここには、
江戸時代の「日取り法」と「方位取り」の仕方が書いてあります。
そして面白いのは、これからご紹介する暦の解説書の中のやり方に同じものがないということです。
全部どこかが違います。
ですから、もし九星のルーツに興味がある方は、是非是非こちらをご覧下さい。

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鼇頭長暦「九図の名義」
一番下に資料がPDFファイルでリンクされていますのでダウンロードして下さい。
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この鼇頭長暦の中には「九図の名義」という篇があり、解説しているのですが、これは、実際には室町時代に掛かれた書物で、一応は安倍清明が書いたとされている「三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集」や「簠簋内伝」の中に同じく「九図の名義」と書いた篇があるものの、その解説が全くなされていないので、その使い方を別の本で解説しています。
この「九図の名義」は、色々なやり方が出回りますが、1~9の数字を九個のマスに当てはめて使って相生、相尅で日を取ったり、方位を取ったりします。
そう考えると、アレっと思いませんか?
そう気学が干支九星に似ているのです。

そして時代を考えて下さい。例えばこの本は1688年出版ですが、大阪夏の陣が1615年、日本が鎖国したのが、一応1639年のポルトガル船の入港禁止からとされていますが、とすると、夏の陣の73年後、鎖国が始まってから49年しか経ってません。
そして陰陽五要気奇書が日本に初めて輸入され出版されたのが、1794年です。
つまり日本に今の九星が初めて紹介される106年前には既にあった占いだということです。それも1~9の数字を使って。
そして歴史的には、安倍清明の末裔の土御門 久脩は、1595年に豊臣秀吉から豊臣秀次の事件に連座して尾張に配流となっています。
そしてその時にそれまでの陰陽道関係の書籍等もほどんどが焼き払われたため、昔の資料が現在残っていないと言われています。
ですから、この時の流れを考えると、この九図の名義は、豊臣秀吉の弾圧を逃れた、安土桃山時代以前に日本にあった占いである可能性がありますし、もしかしたら安倍清明の時代からあったものなのか???と考えたくなってしまいます。
それなので、今回はその一つ鼇頭長暦についての「九図の名義」を紹介いたします。
このシリーズはどれも相生、相尅、比和を使ったものです。
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