龍馬と神亀な何を現わしているのか?

2020年8月5日

河図は、古代中国を治めた三皇の最初の皇である伏羲の時に、予州の栄河から龍馬が出現し、その背中の旋毛が斑紋を作っていました。その斑紋の数の配置を見て、これを河図とし、生数と成数の元となったと言われています。

また、洛書は、堯帝の時、洪水が起こり、民衆が困窮したので、鯀に治水工事を命じましたが、堤防を築いて水害を防ごうとして、九年経っても出来ないので、舜が天子になった時に、今度は鯀の子の禹に治水工事を命じ、十三年かかってやっと治水することが出来ました。天がその功績を讃えて洛水から神亀が出現させたが、その背中に圏点が描かれていて、頭部に九点、下部に一点、左に三点、右に七点、肩に二点と四点、足に六点と八点があったのでこれを洛書とし、八卦も元となったと言われています。

では、何故この様に、龍馬には、生数と成数、神亀に八卦が描かれていたのでしょうか?

八卦にしても生数、成数にしても、陰と陽が元で生成したものです。つまり陰陽の原体の上に河図も洛書も描かれていたという事です。

ここで、河図の説明で出て来た龍馬を考えると、易において陽の代表と言うと、「乾為天」と言う卦があり、この卦の爻辞が龍の物語になっていることろから陽を龍で表し、陰を代表する卦の「坤為地」は、卦辞の中に「牝馬の貞に利し」として馬で表していますので陰を馬で表しています。この様に、陽を龍で表し、陰を馬で表していますので、竜馬とは、陰と陽の組み合わせなのです。
また、洛書で出てくる神亀については、亀自体が内柔外剛の動物と言われており、内柔は陰、外剛は陽として陰陽を表わしています。
つまり、河図の生数と成数も洛書の八卦も陰陽の上に描かれていると言う事なのです。
決して川から変わった模様の馬や亀が出て来たなんてことではありません。
大した事ではありませんが、意外と知られていないし、気にしない事です。

公式LINE 友達ボタン

友だち追加