干支九星の年月日時間の盤

干支九星で占う時や、方位を見る時使うのが、年盤・月盤・日盤・時間盤です。
これっていったい何を表しているの?
という話は、昔からあって、年月盤は地球の公転で、日時盤は地球の自転だ、という話は、前に聞きましたが、今ひとつピンとこないんです。

なんでだろう?

て考えた時、年月盤が地球の「公転」だとすると、公転なら1年間経つの元の位置に地球は戻って来るのであって、どうもそう説明されても違和感ありなんですよ。

では、どう考えたか?と言うと、

まず、
年月盤と日時盤は、全く別のもの
であるということです。

わかりやすい日時盤から説明すると、

日盤は、干支を伴って一年中巡回して360日で元に戻って来ます。

九星と六十干支の最小公倍数は180だから、半年で九星と干支は同じ組み合わせに戻りますから、その倍の360日でも同じ干支と九星になります。
つまり約1年で元に戻ります。
そして、九星には陰遁と陽遁があり、この変わり目は、冬至と夏至に近い甲子の日が原則となっています。
そうすると、陽遁期は、冬至から徐々に日が長くなるにつれて、夏至までの間、陽だから九星も一白、二黒、三碧と1つづつ増えて行き、これが約180日となります。陰遁期は、夏至から徐々に日が短くなるにつれて、冬至までの間、陰だから九星も九紫、八白、七赤と1つづつ少なくなって行き、これ約180日になります。そう考えると、日盤は、地球の公転を現わしていると考える方が自然です。

そして、時盤は、何か?というと、1日単位なので、これが地球の自転です。

つまり、

 日盤は地球の公転
時盤は地球の自転

を表していて、九星は太陽から貰うエネルギーを表していると考えると、なんとなくでも納得出来ると思います。

では、それだと年月盤って何なの?

という疑問が沸いて来ると思いますが、

そこで、日時盤と年月盤は全く別物ではないか?と考えるのです。



九星も最初は、年月盤しかありませんでした。

それは、昔は人の生活はそんなに日時盤を使ってきっちりとした生活になっていなかったからです。

田植えをしたり、稲刈りをしたりするなら、二十四節季がわかれば、こと足ります。
(実際、最初は年月盤だけで気学等も占っていました。)

だから、昭和の始めまで九星暦も色々乱立して、何が本当だかが、良くわからなかったという現実があります。

では、年月盤は日時盤と別物というといったい何だろう?と思うと思います。

これは
年月盤は、地球から見た天空
を表しているのではないかと思います。

まず

月盤は1年間の地球から見た天球

だと考えると、北斗七星の柄の向く方向で12ケ月が決まり、毎月の盤が出来上がります。地球の公転は1年だから、1年経てば、同じところに帰って来るので、月盤も同じ様になるか?というとそうではなく、六十干支と九星の組み合わせで、月の場合は180ケ月(60ケ月×3元)の15年しないと元に戻りません。
だから、地球から上を見上げた場合、星の位置が若干でも違うのと地球の人の気の変化を昔の人が読み取ったのが月盤だと解釈出来ます。

だったら、年盤は何?というと、

もっと大きな単位の地球から見た天球の様子

だと思います。

まず太歳というのは、木星によってつくられた虚星でが、木星を意識しています。多分木星の公転周期が約12年で十二支や十二次とも一致したからでしょう。

まず、三元を考えた場合、一元は60年で三元で180年です。
そして、六十干支と九星の最小公倍数は180だです。
だから、六十干支と九星が一致するのは、180年に1回ですから180年経てば、干支と九星は元に戻ります。
年盤は、その間の

天球の変化と地球の人の気の変化をもっと大きな時の流れで表している

のではないか?と考えます。

そして、干支九星では年月盤は、干支も九星も乾宮→兌宮→艮宮→離宮→坎宮→坤宮→震宮→巽宮→中宮と順行して回りますが、これは、

天干が天の気、
地支は地の気、
九星は人の気


であるので、人が前に進めば、大地と空は後ろ方向に進むのと同じで、九星は巽宮から入って来て進んで行き、干支が乾宮から入って来て進んで行きます。
九星は九、八、七と巽宮から入って行きます。
十二支は、甲、乙、丙と乾宮から入って行きます。
この様子と図にすると下の通りです。

    ← 天    乾宮

巽宮    人 →

     ← 地     乾宮
———————————
      地球

そんなところからも、

年月盤は地球から見た天球であり、日時盤とな別もの

ではないか?と考えられるのです。(私見ですが)