気学の干支は廻るか廻らないか

2020年8月8日

気学では普通九星のみ盤を使用しており、余計なものがない点が気学の良いところで、しいて言えば、気学は、九星だけで干支は盤の九星の周りに配置されており、不動のものとの認識があり、干支を廻す場合は気学とは区別して「干支九星術」として扱われることがありますが、本当は、そうではありません。
気学も実は裏で干支を廻しています。この当りは、知らない方が多い様です。
でもこう言うと「何いってんの?」とつっこまれそうですが。
気学における本命的殺、月命的殺等は、九星本命の対冲方位と言う言い方をされるのが一般的であると思います。これは、正解か、間違いかと言えば、確かに正解です。しかし本来の的殺の意味からすると「的殺」の的は、目的の的であり、この目的物、目的を殺すがら「的殺」と言うのであって本命の反対側だけでは意味がわかりません。
これを具体的に言うと、、例えば今年丁亥二黒土星年であれば、来年には、二黒は中宮から乾宮に移動します。
そして丁亥は巽宮に移動することになります。(これを盤には記載しません。)すると二黒と丁亥は巽・乾で対冲します。
そして次の年には丁亥は震宮に移動し、二黒は兌宮に移動します。
そうしてここでも震と兌で対冲します。
よって移動する度に九星本命と十二支は対冲の関係になります。
だから、気学でも、実はこの丁亥を「十二支本命」とします。そしてこの十二支本命は、九星本命の対冲方位であり、目的を殺す方位、つまり宮や九星本命の人の目的を殺す方位なので「的殺」としています。
また、九星が体なら干支は用として干支を精神とします。
するとこの干支本命方位(九星の対冲方位)をつくと精神を病む等のことが起きるとされています。
いずれにしても「的殺」とは、九星の対冲方位であると同時に十二支本命殺方位ということがわかります。
ですから気学で十二支が廻座しないというのは誤りで、ただ標記していないだけで、裏では十二支を回していると言う事です。
しかし、一般に言われる干支九星術と違う点には、干支の回す方向と的殺、本命殺等の取り方の違いがあります。
だから実は気学でも盤の中を干支は廻っているのです。
深いですねー。
そしてこの当たりについては、昔真気学の初代の山本光養先生のが会報で書いています。

つづいて、じゃー今年は丁亥二黒年だから、戊子一白年には、それまで中宮にいた丁亥と二黒土星が別々に分かれて丁亥は巽宮に廻り(逆行する)二黒土星は、乾宮に廻り(順行する)亥の方位(巽宮)が的殺となり、戊子一白年には、巳・寅・申年生まれの二黒には的殺がないの? と言う疑問が湧いてきます。 そこで気学は方鑑や九星術とは違い独特な考え方をする様になります。
進化というべきなのでしょうか?
それは、例えば二黒に付く十二支は、寅・巳・申・亥だからこの十二支がいっしょに巡回するとしているのです。
つまり二五八の対冲方位は寅・巳・申・亥
一四七の対冲方位は子・卯・午・酉
三六九対冲方位はは丑・辰・未・戌
が廻るとしたのです。
そして十干にいたっては、どの方位にも(中宮を含めて)十干支は10ケ存在するとされ、これで単に九星の対冲が的殺となる様になったのです。 全ては、気学をより平易にするためなのでしょうか?
しかしこれで気学は干支の廻座は気にしなくても九星のみで考えられる様になります。 ですから、後は現象の強弱となるだけです。
中宮でも十干と十二支、九星がそろっている年は、一番その現象を発揮する組合せです。
そうすると的殺も同様に干支が中宮してから9年間は特に注意を要すべき時となるのです。 まーもっとも気学を知っている人なら犯さないでしょうが・・・。
ですから、干支も突然どっからかふってわいてきたものではなく、はじめから内在しているものでそれが九星同様回っているものなのです。そして中宮に入った時にのみ(丁亥二黒土星年の様に)その干支九星が表面に出てくるものなのです。
ただ、こう考えると凶方位の内「的殺、歳破、本命殺」は干支で説明がつきますが、五黄殺と暗剣殺は九星での説明となってしまいます。 これは気学の範疇では干支では説明が付かない様です。
だから、結局この様に真面目に追求しだすと、干支九星にたどりつくことになります。