占いを信じるということ

最近、占いと言うと、テレビの影響で、エンターテイメントの一つとして捉える方が多くなっています。
実際、中華街なんかでも、ワンコイン占いなんてあったり(こんなんでロクな占いが出来るハズがありません。)誰々はテレビ出演多数などを歌い文句に、お客を集めている占い師は沢山います。

また、テレビは仕込みがあるにも関わらす、相談者が「何でそんな事わかるのですか?」と目を丸くして占い師に聞くと、とてもよく当たる占い師の様に思えて来ます。
ただ、占い師も食べていかなければならないので、ある意味ではこういった演出は、仕方がない部分でもあります。
実際にこの様にテレビに出れば、有名占い師としてお客は増えるわけですから。

しかし、本来、占いはエンターテイメント的なものではなく、真剣に悩んでいることに対して、どうしたら良いかということの助言を得る手段だと思うのです。

だから、東洋系の占いであれば、占術の種類はどうであれ、易神の出した答えを占い師が読み解いて、易神に変わって答えを示すものです。

例え、出て来た答えが、厳しい答えであっても、易神の示すことを忠実に言葉にするのでなければならないのです。
ですから、占い師は、そこに相談者の気持ちを斟酌して答えてはならないのです。
良かれと思ってこれをすると、トンチンカンな答えに必ずなります。
ただ、これも易神が答えをキチンと正確に示してくれるわけではないので、占い師が自分の経験や能力、知識を使ってこうであろう、という答えを導き出すのですから、ここに占い師の力の差が出ます。

決して占いは、当たる、当たらないと言ったものではありません。
もし、自分の過去や、思っている事を当てて欲しいのなら、占い師はいりません。
過去が当たるからと言って、未来が当たるとも限りません。
ただ、そうであっても、今後の生き方でも、困っていることでも相談事は人夫々ですが、
「易神からの助言」これが占いの全てなのだと思います。

また、当たる、当たらないという話であれば、100%当てられる占い師は存在しません。
70%~80%も当てられる先生だとしたら、もうかなりのその道の大家でしょう。
大半の占い師は半分も当てられないはずです。
それを当たったところだけを誇張して「当たった、当たった」としているだけです。

そして相談する方も良いとこ取りをしてはダメです。
自分でどうしたら良いかわからないから、占いに頼るのであって、出た答えが気に入らないからと言うのであれば既に自分の中で答えが出ているのであって、それをわざわざ占い師に聞く必要はありません。
また、この様にすることは、易神の示してくれている答えを相談者自らが捻じ曲げてしまう事になります。

「占いに振り回されてはダメだから、自分に悪いことは信じないで、良いことだけ信じれば良いのよ」と言うポジティブシンキング的な考え方をする方はこの世の中に多く存在しますが、本来これは占いでは通用しません。
そんな都合よくはいきません。
遊びの占いなら知りませんが。
昔から続いている占いであれば、ここにもやはり信仰ではありませんが、占いを信じると言う気持ちが必要となります。

いくつかの答えがある場合の選択権は、確かに相談者にあり、占い師がとやかく言うことではありません。
また、出た答えをやるか、やらないかも相談者自信にあります。
しかし、出た答えを見て今はこうだから、こうして、状況が変わったたらこうしようというのを相談者自身が勝手に判断して占いの答えを変えたり、この部分だけ信じて後は信じないというのは占いの世界ではナンセンスです。
これでは、絶対に状況も変わりませんし、良くもなりません。
もし、仮に今出た答えを受け入れられないのであれば、今よりも時間が経過してから、再度その事について占うべきなのです。
もしかしたら、その時には、今出た答え(選択肢)とは別の答えが出るかもしれませんから。

占いの厳しいところは、出た卦が良くも悪くも占いをした以上、その答えに従わなければならないということろです。
その答えを信じなければならないということです。
これは「易神を信じるとい気持ち」です。
その気持ちがなければ中途半端に占いはしないことです。

また、お呪いにしてもやっている最中から「これをやって何もなかったら、どううするのか?」
という気持ちがあったとしたら、そこにはすでに、今やっていることが効かないという疑いの前提が出来上がってしまっているので、キチンとした答えは返って来ないのではないでしょう。
何としても、そのお呪いで自分が何とか答えを出す。
状況を変えるという念を込めていないと気は動かないのではないでしょうか?
実際、それでも答えの出ないこともあります。
でもその気持ちが重なってくれば、気は必ず動くはずです。

最後に占いの神様って何?
易神って?
と言うと、
陰陽を主る神とすると、
 伊邪那岐命(イザナギノミコト)、伊邪那美命(イザナミ「ミコト)
ですし、天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、太占(ふとまに)を行った神として
 天太玉命(アメノフトダマのミコト)
があげれれますし、
 鎮宅霊符神(チンタクレイフシン)
これは、七十二霊符であり、八卦と六十四卦の合計数ですから
これも占いの神様を言えるでしょう。